映画のロケ地となった高雄はどんな都市?!

さいとたいとる

映画のロケ地となった高雄はどんな都市?!

陸・海・空といろんなところでアクション三昧の【ハーバー・クライシス<湾岸危機>Black & White Episode 1】が撮影されたロケ地は、台湾第2の都市高雄です。高雄(たかお)を中国読みするとカオシュンですが、17世紀に打狗(ターカウ)という小さな村から発展して、都市へと大きく成長していきました。台湾の首都台北には本省人と呼ばれる日本が統治していた時代から住んでいた人と子孫が多い土地ですが、高雄は外省人と呼ばれる中国から台湾へ移民してきた人と子孫が多い都市ということもあって、台湾人としてのアイデンティティーへの志向が強い都市でもあります。

高雄市

高雄はテーブル状になっている標高200メートル寿山のふもとにり、高雄港は古くから良港として知られていました。今でも高雄港は台湾の最大の港はもちろんですが、香港港・シンガポール港・上海港に次ぐ規模のコンテナ港があります。この高雄港でも【ハーバー・クライシス<湾岸危機>Black & White Episode 1】のロケが行われていますが、世界で有数の規模を誇るコンテナ港になっています。そしてロケ地のひとつ空港も、もちろん国際線が就航していて、ソウル・シンガポール・香港・東京・大阪と飛行機が就航しています。【ハーバー・クライシス<湾岸危機>Black & White Episode 1】が公開されてから、ロケ地を巡るツアーなどもあるので、効率的に巡るにはロケ地巡りツアーに参加するのがお勧めです。


歴史を知りましょう~

17世紀に打狗(ターカウ)という小さな村から発展して、都市へと成長した高雄ですが、打狗(ターカウ)と言う名前の由来は、平埔族マカタウ族の集落タアカウの名前からの由来です。ターカウという言葉の意味は、マカタウ族の言語で「竹林」を意味する言葉でしえた。1624年にオランダはターカウ(現:高雄)の場所に砦を築いていますが、孫文そして蒋介石とならぶ「三人の国神」の一人として尊敬されている鄭成功(ていせいこう)によってオランダは駆逐されました。そして1664年に万年州(萬年州)が設置されました。

1684年に高雄は清の統治が開始されて、台湾府の一部として鳳山県が設けられ県治が興隆荘(現:左営)に設けられています。1858年の天津条約で、清朝が天津でロシア帝国・アメリカ合衆国・イギリス・フランスの4国の条約を結んでいますが、この条約で清は台湾島に複数の開港地を設けることを約束させられました。そして開港地のひとつが打狗港となり1864に開港して、それ以降外国貿易で栄え始まることになりました。

下関条約で1895年に台湾が日本に割譲されると、日本は海軍の南方方面での補給港を確保するために打狗開発を進めていきました。地名に関して1920年9月の地方制度実施で、「打狗」という文字が卑俗だとして、それまで台湾人にとって地名と考えられていた民雄(旧:「打猫」)という釣り合いも考慮して、台湾総督府によって打狗(ターカウ)と発音の近い内地の名所の高雄(たかお:カオシュン)に改称されました。そして高雄州に帰属するようになりました。1924年に高雄郡が廃止されて、高雄街は「高雄市」に昇格して高雄州に直属しています。

日本が1945年に降伏したことで、台湾は中華民国が接収することになったため、高雄市は省轄市とされて台湾省に帰属しています。1966年から楠梓区で加工輸出区が開業して以後、加工貿易の工業団地や重化学工業のコンビナートが集積する台湾随一の工業都市となりました。1979年7月1日に行政院は、高雄市を直轄市に昇格させることを決定したため、前鎮区に隣接する高雄県小港郷を統合しました。

2010年12月25日に高雄県を合併したことで、高雄市は市としては最も広い直轄市となりました。

高雄港:Port of Kaohsiung

2012年の時点で世界第12位となる取扱量を誇り台湾を代表する港湾の高雄港は、台湾最大のおよそ1000万の20フィートコンテナを扱っていて、台湾を代表する港湾です。高雄港は台湾の南端に位置していて、鼓山区、塩埕区、苓雅区、前鎮区、小港区、旗津区に囲まれて高雄市に隣接しています。

開発される前はごく自然のラグーンでしたが、オランダ東インド会社の植民地の住民が1620年にターカウと呼ばれていた打狗へ到着して、このラグーンの開発を始めました。そして港は"Takau Port"打狗港と呼ばれて、オランダ統治時代そして鄭氏政権時代、初期の清時代にだんだんと港として成長していきました。

1858年にアロー戦争で、清はフランス・イギリスの連合軍に敗れたたため、天津条約に調印しました。天津条約で清政府は外国との貿易のために台湾の5つの港を開くよう要求されました。そのため5つの港のうちの一つとして、1864年に打狗港は公式に開港しました。そしてその後、日清戦争に負けた清政府は1895年に台湾を日本へ譲渡しました。

初期の日本統治時代に、植民地政府は打狗港を近代的な港へ開発するつもりで大きなプロジェクトを進めることを決めました。まず3段階に港を拡張する工事となり、1908年に一番最初の工事が行われ、2番目は1912年に終了しています。3度目の工事は第二次世界大戦によって中断されています。この間に1920年に打狗(ターカウ)から高雄(たかお)に改称されました。第二次世界大戦中に、高雄港は連合国によって酷く爆撃されました。第二次世界大戦の後に、中華民国政府は港の開発を再度始めて、ラグーンの内部で臨海工業地区を開発しました。第二の港口となる"second port"が、1975年に小港区と旗津区の間にかかる橋を壊すことで建設されました。


高雄の観光名所

寿山
…南西の浜海に臨んで位置する山の一つで、高雄市の海の自然の障壁です。天然の洞窟がとても多くなりますが、地質は隆起したサンゴ礁の石灰岩に属しています。寿山公園の山頂では、高雄港の眺望や西子湾に沈む夕日そして高雄市の夜景を鑑賞することができます。ふもとの旧市街地には歴史博物館(旧:高雄市役所)、旧高雄駅、前打狗英国領事館といった高尾市の歴史的建築物が多く残っています。
東帝士85國際廣場:東帝士85プラザビル
…台北101ビルが出来るまで、中華民国1位の高さを誇っていました。高さは378メートル、地上85階地下5階の超高層ビルです。74階が展望スペースになっていて、そこでは高雄市内を360度見ることができます。中層階高層階には5つ星ホテルのザ・スプレンダー・カォシュンホテルが入っています。エレベーターは最高分速600メートルになっていて、最高速に近づくにつれて照明が暗くなります。そして天井に星空を映し出すという演出がされています。映画の中で変わった形の超高層ビルがまさにこのビルになります。
澄清湖
…(ちょうさいこ)台湾西湖と呼ばれていて、人造湖です。台湾南部の有名な観光地の1つですが、かつて蒋介石の別荘地でもありました。とても人気の観光地で年間100万人が訪れます。
蓮池潭
…(れんちたん)こちらも人造湖で敷地の中にある春秋閣は1951年に建てられ、1976年に龍虎塔が建てられました。
三多三路
…高雄市のショッピングエリアで、日系企業の大手百貨店がたくさん並んでいて、いろんなブランド店がこのエリアに集中しています。
夢時代
…高雄の南部で大きいショッピングモールです。ここのショッピングモールの中には、阪急百貨店や映画館があります。
義大世界
…高雄の新生ショッピングモールで、一日中遊べるぐらいの規模になっていて観覧車、遊園地、ホテルもあります。
六合夜市
…1950年代に空き地で屋台の出店が始まり、だんだんその数が増えていきました。そして今では約140の屋台が軒を連ねています。高雄市では一番の規模の屋台はもちろんですが、台湾の交通部観光局が選んだ「最も魅力ある夜市」に台北の士林夜市とともに選ばれています。1987年以降、夜市の一角は毎晩18時から翌日2時までの間は歩行者天国になっていて、屋台ではB級グルメや果物などが楽しめます。
漢神巨蛋:漢神エレーナ
…高雄の北部の繁華街です。台湾高速鉄道の左営駅のほか地下鉄駅の巨蛋駅もあります。周りは高雄で一番有名な夜市の瑞豊夜市があります。

アジアの純真

↑ ページの上部へ

映画のロケ地となった高雄はどんな都市!?

アジアのスター☆F4